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メニューイン

2009/05/12 20:41
 少し前に、正確な演奏とかcogniton がどうこうとか書いたが、そのような意味での正確さ、頭の中の音楽と演奏として出てきた音楽の間の距離が非常に近いのではないか、という風に思われる、そういう演奏をするのがメニューインとういう人である。





これらを聴いていると、頭の名から直接出てきたものを、そのまま耳にしているような、もっといえば、こちらの頭の中まで何の障害もなく音楽が伝播されているような感覚さえある。

 こんなことを考えながら、The Art of Violin を見ていたら、メニューインの演奏の直接さについて、パールマンが似たようなことを言っている。これはもしかして、わし、これを見てそのまま自分の意見のつもりで言っていたのかもしれない、という疑惑が浮かび上がる。パールマンは「直接心に〜」みたいに言っているが、この heart to heart という感じはわし流に言えば head to head ということなので、殆どただの言い換えに近い。
 こうした内容のことは、自分自身でさえ欺いてしまえるもので、自分でそう考えるにいたったのか、ただ他人の思考をなぞってしまっただけなのか、もはや判定できない。ただ、後者であるとするのはやりきれないので、そうでないこを自分にも証すために、新しいことを言っておかねばならない。

 これは多分知る限り誰も言っていないことだと思うが、メニューインの演奏には、彼が、バイオリンという楽器を弾いている、ということを、忘れさせるような不思議さがある。我々は普段、何か言葉を発するとき、話し手も聴き手も、それが言葉であることを意識しない。ただその内容に、耳を傾ける。これによく似ている。
 いくらかの奏者については、これこそバイオリンの音だ、という賞賛すべき美質を見出すこと、聞き分けることが可能である。例えばミルシテインなど、バイオリンとはこのように音を出すものなのだ、という説得力が、演奏の端々に現れていて、こちらは聴きながらそのことに気付いているし、そのことに恍惚感すら覚えるほどである。
 しかしメニューインの演奏の場合、強力に演奏に惹きつけられながら、楽器がどのように鳴っているのか、とか、そうしたことに対するこちらの注意が、不思議と抜け落ちてしまっていることに、ふと気付くことがある。聴く側のそうした注意力を強制的に解除して、自分が表現しようとしている音楽、自分の感じている音楽を聴き手にも無理やり共感させるような、そんな不思議な力があって、こちらはいつの間にかその重力の中に取り込まれてしまっている。
 そうした共感を喚起する能力の持ち主というのは、霊媒体質というか、トランス的な精神状態を想像させるものだと思うが、しかし、『Violin of the century』や『Concert Magic』などのドキュメンタリーを見ていても、まあ別に見なくても判るが、彼自身は、自分のしている事を俯瞰できる、非常に conscious な人間のようである。

 一見すると、非常に矛盾しているように思うが、しかし、演奏という行為が抱える本質的な矛盾というものを考えると、むしろメニューイン現象は、その矛盾と非常に整合性が取れているともいえる。
 なにか訳がわからないことを言っているようであるが、その本質的な矛盾とは、先日の cognition やら正確さと関わることだが、いわゆる observer's paradox、観測者の矛盾である。つまり、観測するという行為そのものが、対象に影響を与えてしまうため、厳密に客観的な観測は不可能である、ということで、意識的な演奏についても同様のことがいえるはずである。
 普通の人間の場合、頭の中に流れる音楽を取り出そうとして、実際に楽器を演奏すると、自分で出したその音に引きずられて、頭の中の音楽の姿も変化してしまい、意識的な方法では、決してそれを捕まえることができないし、元々いた場所に戻ることも出来ない。
 ところがメニューインの演奏については、少なくともこちら側の目と耳には、そのような葛藤が生まれているようには見えない。
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動画など

2009/05/06 13:42
これはかなわん。




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エネスコのバッハ無伴奏

2009/04/10 07:33
昨晩見つけた。これは転調後。




やあ、いいね。完全に聴き入ってしまった。一瞬で惚れました。

どの声部にも一貫性があって、音楽の流れが破綻することがない。楽譜上で明確には示されないベースラインも例外ではなく、アルペジオの最低音さえも、ラインとしての持続が途切れず、舞曲のリズムも息づいている。

あと、これはミルシテインでもそうだが、3音および4音の和音の崩し方が物凄く巧い。前打音的に処理しなければならない音が、ラインの要求するリズムに対して、余計なリズム的アクセントを加えていない。(ハイエッツなどと比べてみると良い。)


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ところで、検索していたらこんなの見つけた。
http://www.geocities.jp/shumijinn/inisie.html
LPが300万て・・・。まあでも、気持ちだけなら解らなくもないかな・・・。


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チャイコ

2009/03/26 04:09
 図書館で音友3月号をめくっていたら、池辺信一郎さんがチャイコのことを書いていて、なるほどなあとか思いながら読む。しかし私がチャイコ苦手なのは、また別の点で、つまり、どういうふうに呼吸すればいいのか、全然分からないのである。なにか、息を吸いたい直前で、ちょっと待ったと止められる率が、高いと思う。

 私の耳に響くチャイコは、感情は豊かだけれども呼吸を感じられない、とこれはつまり、定義としては幽霊ですね。そんなふうなんです。そのうち解るようになったり、するのかなあ。


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 全然関係ないようだけれど、本屋で『月刊 秘伝』の黒田鉄山氏の連載を読んで、思い出したのでご紹介p。


 
 
なにゆえ『趣味は音楽』のブログにこんなものを紹介するかというと、刃物で物が切れるのと、弓を動かして弦が震えることの間に、単純に形状的なもの以上のアナロジーを感じるからである。

 刃物は、下手に使えば物を「切る」のではなく「組織を押しつぶして破断する」ということしか出来ず、一人暮らしをしていた頃、よく、トンカツの衣を崩さずに引き切りするとか、試みていた。で、まあ、ほんとに切れていれば、この動画みたいに漫画みたいなことが可能なわけです。まてぇ〜い、るぱ〜ん、みたいな、あ、いえ、五右衛門のことが言いたいんですけれども。
 上手くいったときの、スッ、と包丁が動き始めるイメージというのは、動き始めた瞬間から目標速度で弓を動かす感覚と、非常に近いものがある。
 弓使いも、ただ弓を「乗っけて動かす」だけではだめで、弓を「あるべきラインの上を走らせる」ような感覚で弾けないと、きれいな音というのは出てくれない。


 無限にきれいな発音、という元型的観念には、抗い難い魅力を感じるわけで。以前に、モーリス・アンドレのトラペットがフルートの音と聞き間違えられた、という話をとある先輩から聞き及んだことがある。直接空気管を鳴らすフルートと、マウスピースの振動を頼りにするペットとでは当然発音が違うわけで、つまり、楽器が鳴り始めるまでの時間、半端な音が、限りなくゼロに近い、ということなのだそうな。そういうことが、弦でもやりたいわです。
 バシュメットのD線ハイポジションのピアニシモとか、かなりそういうイメージがありますね。


 弓と刃物のアナロジー、といえば、板前さんの包丁の動きと、ミルシテインの弓先で弧を描くボウイングにも、近しいものを感じる。常に角度を変えながら進んでゆく、という。非ユークリッドの直線とでも言えばいいのだろうか。このことば、上記黒田鉄山氏の受け売りである。


 ところで、この『月刊 秘伝』、今まで一度も購入したことがなくて、それは黒田氏の文だけ読めれば充分、てこともあるが、レジまで持っていく勇気がない、というのが最大の要因であって、まだまだ小生も凡人なのであります・・・。
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改めて

2009/03/18 16:36


以前URLだけ張りましたが改めて。


YoutubeでGGuerraの far beyond the sun に片言英語のコメントをしたら、なぜか第三者から直接(宣伝)メッセージが届いた。


↓この人。MysteryGuitarManとかいう。



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はい、不覚にも笑っちまいました(warai)







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動画など

2009/03/17 02:45
練習です。


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ミルシテイン先生。この曲で最後まで集中力が途切れない演奏は他に聴いたことがないですね。途中に出てくる、聴いている若い人の横顔、いいですね。短調に戻ってくるあたり。いい編集です。なるよなあ、こんな顔に。自分もこうなってる自信あります。


別の動画で、彼のバッハ演奏を'apparently effortless, strikingly seamless' と形容していて、なるほどと思う。つまり彼にとっては、演奏の障碍になるようなもの、我々が日々感じるような低レベルな技術的問題やら、不可避だと思っている音楽的な切れ目やら、そんなものは存在しないのですな。すごいことです。




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偶然見つけた人。名前は Natia Mdinaradze 。どう発音するんでしょうか…。 現代の若手の中では弓使いが独特です。息の切れないロングトーンが素晴らしい。あと、現代的な、弓を返す直前のロケット加速クレッシェンドがなくて、しかしダイナミクスのメリハリはついていて、素晴らしいです。弦の振るわせ方とか、楽器の鳴らし方とか、非常に心得ていらっしゃる様子。うらやましい…


大器という感じではないですが、聞いていて気持ちが良くて、何度見ても飽きません。







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